【若手/実践家に聞きました】

                  

     

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神奈川県立保健福祉大学 
生田倫子先生
 

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どのような分野・現場で臨床に携わっているか

 児童養護施設にてカウンセラー&コンサルタント、高校にてスクールカウンセラーとして臨床を行っています。また、MCR不登校引きこもり研究所にて家族コンサルタントとして臨床を行っています。また、神奈川県警察本部被害者支援相談員として警察と連携した事業の相談業務も行っています。

研究テーマはなんでしょうか?

 研究テーマは、「対人システムの自己制御機構」です。自己制御機構というのは対人関係のバランスをちょうどよく一定に保とうというメカニズムです。
 実験によって明らかになったことは、カップルにおいて葛藤的なことをいうほどに笑顔表情が付随するということ。これは、葛藤的なことを言うことが対人関係のバランスを崩すということなので、「笑顔」を付随させることによってバランスをとっていると考察しました。また、葛藤的な場面で「仕切り」を入れることによって、より「対決的・主張的」な発話が増加することがわかっています。これは葛藤的な場面での「相互作用レベル」の低下が緊張緩和を生み、逆に葛藤的な発話をいいやすくなるというバランスの変化が生じています。
 このメカニズムを介入に利用できないかということです。例えば、自分の主張を全く言うことができない妻であれば、夫と向かい合う食卓で言おうとせず、台所でお茶碗を洗いながら言ってみる。逆に、言い過ぎるカップルであればファミレスなどで向かい合わせになってみる、などですね。このような変化によって、驚くほど用いる言語が変化する、というところが面白いところです。

 本邦に短期/家族療法を紹介した東北大学の長谷川先生は、目指すべき治療目標として、「エレガントな治療」をメタファーにしています。この「エレガント」という意味は、セラピストの「小さな介入」によって「なるべくささやかに、クライアントに抵抗をもたらさないように、そして、気づかぬうちに」クライエントの内発的変化を促す、といった意味を含んでいます。
 私の研究の目的は、平たく言うと「小さな介入」で対人関係を変化させることができないか、ということです。非常に日本人的な視点であるというところも気に入っています。また、クライアントのニーズに関する研究も行っています。

家族療法は臨床にどう役立つか、どう役立てているか

 家族療法はいわゆるヘビーケースこそ得意だという実感を強く持っています。それもそのはず、そもそもアメリカでは、長く治療を行えない下層階級の面接を引き受けているという現状があり、短期間でなんとかするための方法論であるからかもしれません。
 施設臨床における実感として、次から次から起こる問題に対して解決の即効性を試されるため、問題をもつ児童そのものに焦点を当てたのではもう間に合わない。何しろ、大変な背景の子どもが100人弱いるわけですから。なので保育士や指導員の精神状態が安定に保たれているかどうか、連携がスムーズかどうか、子どもに関する対応にズレがないかどうか、子ども同士の集団力学はどうなってるか、等々周囲を含めたコンサルテーションによって「生活そのもの」に早急に介入していかないとどうにもならないという印象を持っています。
 そこで用いるのはMRIアプローチやソリューション・フォーカスト・アプローチなどのいわゆる短期/家族療法(ブリーフセラピー)。施設には非常にフィットしており、主任もはまってしまい研修会も開催されるほどです。

 また高校におけるスクールカウンセリングでは、非常に優秀な養護教員との連携もあり、いわゆるヘビーケース(リストカット・摂食障害・親からの虐待等々)が多く来るようになったため、両親面接を含めた家族療法を行うことが多くなりました。
 MCR不登校引きこもり研究所というのは、家族療法(ブリーフセラピー)のメソッドを用いて、メンタルフレンドがIP(クライアントの意味)への家庭教師、家族コンサルタントが親面接を行うという方法で改善にまい進しています。親・メンタルフレンド・コンサルタントの3方がスクラムを組み本人へのアプローチを行っていくという点では、まさしく家族療法の醍醐味を味わっています。

家族療法家を志したきっかけを教えてください。

 大学4年の時にオウム真理教の地下鉄サリン事件が起きまして、かなり衝撃を受けました。非常に聡明で人柄も良さそうな方々が、集団の影響によってこんなに行動を変容させてしまうんだ、と。そこで、「人格変容・態度変容」について興味を持つようになり、マインドコントロールについて卒論で取り上げようとして挫折したりなどしておりました(笑)。  
 また、学友会競技ダンス部にて後輩のカップルの揉め事の仲裁にはいる役職として日々悩んでいたのも、要因としてはあると思います。退部する部員が一人でもいたら自分の責任だと、かなり悶々としていたので(笑)。
 そんなとき、先輩である現東北大学(前立正大学)の若島先生に「長谷川先生の家族療法による2回の面接で不登校児が登校するようになったんだ。」と言われ、(ええ~、うそでしょ。)と思ったわけです。家族療法の介入は、システムを想定してコミュニケーションに介入していくというものですので、なんというか「深くない」というか(笑)、「本当には変容していないのでは」と思ったわけですね。そのころは、態度変容というのは自らの意思により深く深く内省したとどめのところにあるという感覚を(なんとなく)持っていたもので。すると、「面接を見てから言えよ。」と。「でも面接を見れるのは大学院に入ってからだ。」と。
 で、大学院に入ってしまうと、とにかく実習に駆り出され、毎日のようにいくつもの勉強会、ケース検討会、コンサルテーション、気がついたら臨床活動と研究まっしぐらな日々でした。
 今ではこんな動機では大学院に受かるということはありえないでしょうね。国立大学の中では「臨床心理学講座」自体が息をひそめて(笑)小さくなって生息していた時代です。臨床心理士など口走ってもいけないムードでした。

お勧めの本(臨床心理の本に限らず、臨床に役立つもの)

 私のバイブルは、ポール・ワツラウィックの「変化の原理」(法政大学出版)。臨床における「変化」について論理型梯をあげた考察が行われており、私のそもそもの問題意識「態度変容」について、実に納得のいく考察が行われています。

師・影響を受けた人は誰か

 恩師といえば長谷川啓三先生です。ヴィジョンを示す放牧型教育で、それも「指パッチンで家庭内暴力を解決できひんか考えて」というような爆発的ヴィジョン(笑)
 
こんなんでいいのかな?ということで、2000年8月に短期/家族療法のメッカであるMRI研究所に短期留学し、ワツラウィックやフィッシュをはじめとするたくさんの講師の講義を少人数で直に聴き、また面接をライブやVTRで見せていただきました。しかし、ここで逆に「灯台下暗し」ということに気づいたわけです

 長谷川教授の短期/家族療法は、本家よりももっと柔軟でクライアントの抵抗も少なく、洗練されているのではないかという感覚を持ちました。つまり本家よりも、言語に偏らず、言わずに察し、ふんわりしていて、受容的であり、腰が低い。つまり日本的であるわけです。
 本家の面接をみて、「あ~、ポストモダン世代の家族療法家はこの雰囲気にいかがなものかと思っていたんだ・・・。そりゃそうだよね。」と(笑)。それまで「第一世代のセラピー=長谷川教授の面接」でしたので、彼らの主張が今ひとつぴんと来ていませんでしたが(笑)。

 現在は「指パッチン!で家庭内暴力を解決する」というメタファーの翻訳が出来るようになりました。これは「非言語行動に着目することによって、問題に対してより効率のよい洗練されたアセスメントや介入を行う」というように、諸先輩方の知見をもとに解釈しました。
 結局ここから、学位論文『対人システムの自己制御機構に関する臨床心理学的研究』が生まれることになります。指パッチンあなどれません・・・。

 また長谷川研究室の先輩・同期・後輩に恵まれました。本当に笑いが絶えず「楽しく研究・臨床ができた」という一言に尽きます。特に若島孔文先輩(現東北大学大学院<教育心理学>)には、家族療法の認識論、研究、臨床について全般的に指導していただきました。「人間システム研究会」、「家族療法研究会」においては、臨床系だけではない多方面の院生も参加し、熱いディスカッションが繰り広げられました。このように、現代思想や、家族療法だけにはとどまらない心理療法の奥深さを学ぶことが出来たということに感謝しています。

家族療法のほかにどのようなアプローチに注目していますか?

 被虐待児や発達障害児への親や親役割の保育士などを含めたアプローチとして、行動療法の「ペアレント・トレーニング」をプラスアルファしています。定期的にきちんと通ってくださる(すばらしい)クライアントには、このようなプログラム型のソーシャル・スキル・トレーニングが役に立ちます。

 またMRIに行ってみて強く感じたことは、よくどの心理療法が優れているのか?という問いを持ちがちですが(私はそうでしたが)、そんなことは意味のないことであるということ。 つまり国民性やクライアントの属性によってどのようなタイプの心理療法がフィットするかは全く違うのではないかということです。
 こんなことがありました。留学の最終日にMRIのディレクターであるアーサー・ボーディンに部屋に呼ばれ、「ドイツには第二次世界大戦をなぜ起こしてしまったかという分析に関する書物が、本屋の棚をいくつも占めているらしいが、聞けば日本ではあまりその類の本はないというではないか。michiko、それはなぜだ?」と聞かれました。そこでとっさに「精神分析を生んだドイツ・オーストリア圏の国民は一般的に「why」を追求しがちで、一緒に研修を受けたドイツ人もそれはもう、だったでしょ?(笑)。それに引き換え、日本人はどちらかといえば「原因追及」というよりは、「現実対処的」。 結局、第二次世界大戦の終結というのは日本人にとって「偽解決の切断」を意味したということです。「で、どうする?」という本なら本屋にたくさん並んでます。 結論として、家族療法・ブリーフセラピーは日本人にはフィットしているのではないかと思っています。」と苦し紛れに言ったところ、ボーディンは「オオオオオオオゥゥゥ!!」と鼻頭を押さえて納得してくれました(笑)。
 
 もともと、ベイトソンをはじめその時代の識者は、東洋の禅の思想等に影響をうけて円環的認識論による「パラダイムの変換」を提唱したのですから、家族療法・ブリーフセラピーというのは(大きく)言ってみれば逆輸入です。
 原因と結果が対応していない事態もあるよね、というのは日本人にとってはあまり不思議じゃない。例えば子どもの問題にもかかわらず両親の不仲をなんとかすることに違和感を感じる人は少ない。それは、もともと円環的認識論が文化の根底にあるためではないかと思っています。
 あと、「あれもこれも」とアレンジしてしまうのも東洋的で、欧米人にはどうにも府に落ちないみたいですが(笑)、先に述べたように家族療法に行動療法を取り入れる際にも、日本人なら「家族行動療法」なんてダサいことは言わないはず(笑)。なんとなく、ふんわりと混ぜちゃう。

臨床家のたまごに先輩として一言

 いくら臨床家といえども、「社会人としてまともかどうか」というのが一番重要であると思っています。基本的な勤務態度や服装がちゃんとしているかどうか、報告・連絡がきちんと行えるか、働いている機関の中で良好な連携を築けるかどうか、必要だと思えば理性的に主張できるかどうか、倫理的な側面に配慮した仕事ができるかどうか、全体性の視点をもって仕事ができるかどうか等々いろいろあります。
 現在、指定校を卒業してもそのまま常勤就職は難しい現状です。普通は非常勤カウンセラーとしていろいろなところで研修を積み、その中から「使える人」が常勤に引き抜かれるという仕組みが多いです。カウンセラー側は辛いですが、クライアントの立場になって考えると、現状は理にかなっていると思います。
 それには、部活やアルバイトなどの社会経験が役に立つことも多くあります。カウンセリングに関係のない経験や勉強は大賛成!! いろいろ回り道をしてみてください

 

 

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