【家族心理学研究者の第一人者にインタビュー


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長谷川病院クリニカル・コーディネーター リハビリテーション部長 

遊佐 安一郎先生 

(先生の御所属はインタビューがされた当時のものです。) 

インタビューアー  東海大学大学院  池亀 真司
駒沢女子大学大学院 下川 恵

 

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先生の御領域/ご研究のテーマをわかりやすく教えてください。

 

研究というよりも臨床なので、自分でどういうことがしたいかが中心になっています。研究はあまりしないけれども、研究をしている人達と結構ネットワークがあるので、その人達の研究のデータや知見を教えてもらってやっている感じはします。 
 端的に言って家族療法だけではないのです。基本的に僕が仕事をしていて長いのは、やはり病院臨床で、1978年から29年、精神科の病院で仕事をしてきているので、患者さんが良くなることに興味があるというのが一番かなと思うんですね。だから僕は自然に「患者さん」って言葉を使います。私はセラピストとして自分はまだまだ未熟だなと思うんですよ。初めは一生懸命個人療法をやっていて、患者さんも一生懸命良くなろうとして頑張っているけれども、自分の力不足で充分にお手伝いできないなって感じがあって、それでいろいろな事を自分なりにかじっている中で、たまたま患者さんと患者さんの家族に教えられて、「家族療法っていうのはためになる、使い道があるんだな」っていう経験をしたというあたりから家族にも興味を持ちました。そういう意味では、病棟の集団療法にも興味を持っているし、僕が仕事を始めた頃には、治療共同体の影響が結構強くて、入院病棟が治療のためのコミュニティっていう発想で、「患者さんと治療者が一緒になって患者さんが良くなるのを援助していこう」ということもやっていました。

 そんなときに家族療法のパワーを経験する機会がありました。その頃は、家族療法はまだ限られたところでしかされていませんでした。僕がセラピストとして見ていて、カウンセリングではちゃんと考えられる人なのだけれど、ある程度良くなってきて、退院の話が進み始めるととんでもないことをするっていうような事を繰り返している患者さんがいたんです。ある夕方、その患者さんが面会に来たおかあさんとお父さんに対して大声で怒鳴り散らしているところにたまたま通りかかりました。そのときご両親がすごく悲しそうな顔をしていたので声をかけて色々話しているうちに、ご両親と本人と、そしてその弟さんも一緒に話し合うことになったという、たまたま家族療法が始まったというのが経験ですね。そのケースは僕がどんな貢献をしたか分からないけれど、しばらくやっているうちに、患者さんが最終的に、「自分の問題ではなく家族の問題だったんだ」っておっしゃって。その後、1週間~2週間後に退院していったのです。それまでは退院という話が出ると、病棟内で一番暴力的な患者に対して自分はホモでその人が好きになったとか言ってアプローチして殴られたりして、退院が延びていたのに。そしてその半年後に手紙が来て、「仕事も元気でやってます」っていうウソみたいな話が起きて(笑)何が起きているのだろうってことに興味を持ったというのが家族療法に興味を持ったきっかけかな。ちょうどその時は、今で言う第1世代の家族療法が盛んになり始めた頃で、勉強する機会がニューヨーク近辺には結構あったので、アッカーマン家族療法インスチチュートというところで2年ほど訓練を受けました。
 そういうことをやっている中で、統合失調症の患者さんが多かったこともあってか、家族療法だけで全てうまくいくわけではなくいろいろなアプローチを学んで活用していました。また、その頃、複合家族療法って言っていたんだけど、複数の家族に集まってもらって一緒に話し合いをするということをたまたまやっていました。それまで家族の病理というのがすごく盛んな時代でしたが、家族がいかにお互いにお互いを癒す力があるかっていうのが驚くぐらい目の前で見せ付けられて、「家族ってすごいな」っていう経験をしたことがありました。そんな経験から家族心理教育にも興味を持ちました。だから私は治療に関わるとき、「家族療法を」っていうわけではなくて、「患者さんが良くなるとために家族療法も」という感じで家族療法だけでなく、様々なものをかじってきたかなと思います。
 1970~96年までアメリカに留学して、博士号をとって、それから病院でずっと務めていました。急性期の病棟の臨床心理士から始まって、回復期、そして90年からは、慢性患者の社会復帰のためのプログラムの管理者(責任者)の仕事をやり、それから日本に帰ってきました。そんな中で自分にとって大事なことってやはり、「目の前にいる患者さんが一番大事だな」って思っているので、興味があることといえば、「患者さんがよくなること」なんです。管理の仕事についてからは、目の前の患者さんだけでなく、より広い意味で患者さん達が良くなることに興味が広がりました。日本に戻ってから、患者さんだけではなく、カウンセリング、企業のメンタルヘルスにも関わっています。このように活動範囲が広がってくると、お客さんの見方も広がってきます。大学で教えるならお客さんは学生さんであるように、一緒に目的を共有してお手伝いするお客さんは、病院では患者さんとそのご家族になります。スタッフの訓練やスーパービジョンの場合それが研修生やスーパーバイジーになるだろうし、学会であれば同僚になりますし、組織のメンタルヘルスであれば従業員になります。そのような方々が良くなるための目的を達成するために自分がどれだけうまくお手伝い出来るのかという辺りが、自分が興味をもっているところなのかなとは思います。
 
このような考えでお客さんへのサービスを考える際に、システム的なモノの見方というのは自分にとって一番整理しやすいかなと思います。家族システム理論っていうのがあるけど、あれはシステム理論を家族に応用したものでしょ?元々は一般システム理論などの影響を受けて家族に応用しているけれども、一般システム理論を考慮に入れてもあらゆるシステムに適応できるような一般的な理論ということで発展してきていますし。そういう意味ではいろいろな所に応用が利くという発想をしてみると、「専門は何ですか?」という問いは、家族療法学会に行き家族療法の話をすると「家族療法が専門ですか」と言われて、「あ、そうですか」って(笑)それから、自分の今みたいな考え方を伝えたいなと思う時には、家族療法学会に行った時、僕は家族療法家ではありません、セラピストですって感じでね。認知療法学会にも入っているけれども、自分は認知療法家でもありません。認知療法という1つのアプローチを活用して使えたらとも思っていて、そういう意味で家族もとても大事だと思っています。患者さんが良くなるという文脈の中で、家族と関わっていくことで、よくなるという認識も多分にありますので、家族と関わる割合は結構多いかもしれません。一方、家族と関わらずに個人療法をやる場合もありますが、私が仕事をさせてもらっている長谷川病院は基本的に力動的チーム医療を行っていますから、精神科医、ソーシャルワーカー等、色々な職種の人達とどう力を合わせて患者さんの援助を出来るかというところに関わることになります。それを長谷川病院ではクリニカル・コーディネーションと呼んでいますけれど。その場合、実際、僕が患者さんと関わらないケースもあるわけじゃない?「それをまとめてあなたの仕事を何ていうの?」といわれたら、単に「家族療法家です」とはちょっと言えないのです。
 「研究テーマは何ですか?」といわれると、その時によって違ったことをいっているかもしれません。だから、お客様に役に立つようなことに関しては結構興味があって、興味があるくせに怠け者だから、読みたい(本,論文)が家にたくさん積んであって、溜まりすぎたから定年退職して時間ができるまで無理だなって(笑)。例えば、僕は精神分析は出来ないけれど、長谷川病院は精神力動的アプローチに基づいているので、精神分析での専門用語は共通言語として使いますし、分析のとても良いところもあるなと思っています。認知療法に関しても、実際に自分が厳密な意味で認知療法をどれだけできるかっていうと、あまり自信がないんです。家族療法にしてもMRIにしても、「まぁ真似ぐらいかな」っていうことがたくさんあるので、浅く広くって感じかもしれません。

 

池亀:それはクライエントの改善を第一に考えているということですね。

 

そういうところで僕が、僕なりに貢献できるっていうためにやっているんじゃないかなって自分で思っていますが。なので、患者さんが良くなるということが一番嬉しい。他のセラピストなどの患者さんを支援する人たちのためにも、その基礎としてとても大切だと思っているので、研究テーマとしては、ヘルピングスキルというのに興味を持っています。

 

池亀・下川:ヘルピングスキル!?

 

ヘルピングスキルというのは、カウンセラーの面接技法の基礎訓練です。歴史的には1970年代にCarkhuff(カーカフ)のヘルピングアートというアプローチに興味を持って、1990年代の後半、メリーランド大学のクララ・ヒル教授がヘルピングスキルという形で彼女なりにまとめました。Carkhuffとアイビィのマイクロカウンセリングの影響を受けていて、大学4年生~大学院1年生ぐらいの心理学やカウンセリング専攻学生を対象に面接の基礎としてのシステムを作り、アメリカ心理学会から本になって出ています。それを僕が日本で教えるために使っています。結構基礎に対して自信がない方も日本では結構多いと思いますし。基礎訓練のパッケージだけれど、初心者のために利用価値があることに加えて、それを応用することで、ベテランでも結構遭遇すると思われる、カウンセリングのジレンマに対して、色々異なるアプローチでもヘルピングスキルの考え方を応用して具体的なスキルと概念化と結びつけることで、様々なところに応用できるのではないかなって思っています。その辺りのことを、臨床訓練で経験のある人達と一緒にロールプレイを使って研修をするということをやっています。自分の面接の仕方に関しても勉強になっているし、関わってくれる人達も勉強になるって言ってくれていますね。興味があるんだったらヘルピングスキルの話を1時間でも2時間でもしますが(笑)
 ヘルピングスキルの基本的なポイントとしては、ロジャーズの影響を物凄く受けています。でも、共感と受容というのはとても大切なことだとは思うけど、それを態度として抽象的に捉えると実際は難しいので、具体的にスキルとして明確にしてその練習をするって言うのはとても大事なことなのです。セラピストが一方的に自分は共感的、受容的と思い込んでいることってないかしら。また、共感と受容ができていればお客さんが良くなるかっていうと必ずしもそうではない。実際、問題は見えてきたけれども問題解決とか具体的なことをしなければ良くならない場合もたくさんあります。そうすると変化が必要になってきます。家族療法の場合、特にミニューチンやMRIの第1世代家族療法のグループは変化をすごく重視しています。認知療法も変化のための治療法だよね。それ自体とても大事なことだとは思うけど、「変化させよう」と思って、患者さんの経験を尊重せずに変化させるってことに躍起になってしまうとかえって失礼なことをしてしまうこともあるんじゃないかな。患者さんが変化したいと思って一緒にやっていくのであれば別ですが、「変化させる」という感じで考えると、セラピストは「いったい何様なんだよ」という状態になってしまうリスクがあります。それに対して患者さんと一緒に今困っていることを少しでも楽にできるように考えていくことと、どういう風に変化するかを両立してバランスを取るかというあたりで、ヘルピングスキルは僕にとって考える刺激になり、自分の考えをと行動を整理するのに便利かなと思っています。
 それを例えば認知療法に応用してみると、認知療法でギクシャクしてしまうケースは、やはりヘルピングスキルの基礎が抜けているからではないかという見方もできてしまう。しっかりと面接ができて関係性ができて治療協力体制ができていて認知療法を活用し変わっていくことができるともっと違うのではないかと思います。家族療法でも色々な介入をする時に、ポストモダニズムの人達が主張するのはそこだと思うんですね。自分が一歩上になって「操作して変えてやる」っていう発想でいいのか。家族に解決能力があるのだから、家族の解決能力に教えてもらって一緒に考えていくというようなコラボレイティブアプローチが出てきたというのは、そういうところの反省からなんじゃないかなと思います。アメリカの心理学専攻の学生さんは、結構ヘルピングスキル的な基礎の訓練をしっかり受けている人は多いですね。
 MRIのジョン・ウィークランドに会ってインタビューしたことがありますが、ウィークランドと話しているとき感じたことは、ロジャーズと話しているようでした。彼に、「MRIは相手を理解するということを重視せず、相手を操作するというようなイメージがある」と言ったことがあります。また、「ウィークランド先生と話していると、すごく自分が大切にされていると思うんです」と話したら、「我々が本を書いたり訓練するときは変化のところに力を入れて説明するから基本的に大事なことはあまり言葉にはしていないね」と言っていたを憶えています。なので、基礎をしっかりおさえるという意味で大事だとおもっていますし、ヘルピングスキルに興味を持って色々なところで教えています。家族療法でのヘルピングスキルは対個人ではなく対家族・集団なので、システムのレベルが1段上がり複雑になります。家族療法だと、個人療法の次元での共感的なラポールに関係するスキルを使っていても、家族関係に軋轢があるとそれ自体が直面化や変化につながってしまうことがあるので、治療的変化に結びつくこともあるけれど、家族が怒り出してドロップアウトしてしまう場合もあります。「家族療法にはそれだけパワーがある」という見方もできますが、逆に「家族療法って慣れてないと恐いよね」という見方もできてしまうということで家族療法学会では、ヘルピングスキルについて講演したり・トレーニングしたりしています。

 

池亀:共感・ラポール形成という文脈から家族療法ではジョイニングが挙げられますが、僕としてはある程度操作的な印象も受けますね。

 

説明の仕方とすればそうなんだよね。家族心理教育で有名な後藤雅博先生、伊藤順一郎先生達と心理教育の話をしている時に、「共感的なふりをする」という表現を使うので、「それってウソついているみたいだね」って皆で笑ったことがありますが、実際、面接をしている時にきちんと「ふり」をできる人は尊敬できます。すごく腕の良い人だと「ふり」でもできてしまう。共感しているつもりでいても、実際にその共感が家族に伝わらないようであれば、家族に共感が伝わる「ふり」のほうがずっと良いと思います。その辺りは色々な面で複雑ではあるけれども、本当に上手くなれば「ふり」でも大丈夫なのかなって気もします。でも個人的にはあまり「ふり」って好きじゃないから(笑)たぶん僕が不器用なのだからと思いますね。それが患者さんにどういう意味があるのかケースバイケースで考えることが大切なのかもしれません。

 

②先生の師は誰ですか。また影響を受けた人物を教えてください。

 

臨床の上での先生は、患者さんや家族ですね。どんな偉い臨床家よりも患者さんや家族から教わることが一番多い気がします。理論家とか実践家で影響を受けた人には、1960年代のパーソナルコンストラクト理論のジョージ・ケリーという人がいます。日本ではあまり知られていないみたいですが。その流れでは最近『コンストラクティズムサイコセラピー』という本を書いているローバートニューマイヤーという人がいます。実際に交流を持って刺激を受けた人といえば、ブラットフォード・キーニの考え方はとても好きです。個人的にはフランクルの『夜と霧』を翻訳した霜山徳爾先生。上智大学時代に授業も取らせていただいて、自分の生き様みたいなところに影響を受けましたね。

 

さしつかえなければこの領域に興味をもたれたきっかけを教えてください

 

僕は家族療法でいうとParental childで両親の仲が悪くて、しょっちゅう喧嘩をしていたんですね。大学3年生の時、ちょうど学生運動が盛んな頃、僕の親友2人がいまして、一人が全共闘、もう一人が反対派でお互いに殺しかねない状況のときに、僕が離人症みたいになってしまいましてね。これはマズイと思いカウンセリングに行こうと思ったのですが、どうしても敷居が高くて行けなかったんです。それで心理学を勉強し始めたという経緯があります。その時は必死で、自分が生き残るために何かを探そうという感じでとにかく勉強していました。その中で、自分はどうして行くべきかに悩み、1970年代の初めですが、日本でカウンセリングや心理学ができないと思い至ったんです。文献のほとんどもアメリカなのでアメリカに行こうと。そこでロジャーズやケリーを勉強したのがきっかけかな。 家族療法は1980年代の初めころから学び始めました。そこでボーエンの三角関係の概念を知り、当時、自分が感情切断をしてアメリカに行ったんだ、ということに気づいたんです。自分を含めて誰でもそういうこころの悩み、病の可能性があると思うようになってから、病院でも色々な診断名のついた患者さんと出会うけれども、診断名と関連のある身体的側面も大事だけれど、その人の人間関係、生き様、考え方もとても大事だなと感じています。行き詰った時に人間は精神病理学的な反応をするということは自分の体験からもありえると思っています。

 

④最近の社会問題で気になるテーマを教えてください。

 

 日本の精神科医療の入院患者数は世界で一番高いって聞いたことありますか?アメリカの6倍なんです。また、入院患者さんが隔離・拘束などが頻繁に行われている現状に関心がありますね。アメリカでは日本に比べ1日の入院費は高くスタッフも多いので、患者さんの傍にスタッフが必ず、必要なら1日24時間でもつくので隔離や拘束をせずにすみます。日本はスタッフの数も少ない、だからといって正当化されるものでもないですが難しい問題です。
 日本の精神科の入院中心の治療を変えるべく、厚生労働省は「障害者自立支援法」を進めています。その結果として、精神科の施設がお金が回らなくなり、閉めるところがでてきてしまったんです。そうなると患者さんをどんどん退院されることになり、地域でのサポートが必要になってくる、という一連のプロセスに関心があります。それと同時に自殺者の増加についても気になっています。また、臨床に関わっている人間がいかにそのノウハウを活用して、より多くの人を援助していくかというのがこれからの課題だろうと考えています。例えば、企業のメンタルヘルスとか学校や家庭での精神保健的予防などが挙げられますね。

 

⑤オススメの本を教えてください。

 

まだタイトルも決まっていない未刊行の本で僕が監訳している、『I’m not supposed be here 』。これは境界性人格障害の人の自叙伝で、その方の苦しみとすばらしいセラピストの援助の下での再生の過程がとてもビビッドに描写されています。境界性人格障害の方の治療だけでなく、人間としての理解のためにもとても意味のある本だと思います。星和書店から今年出る予定です、乞うご期待という感じかな(笑)あとは、リン・ホフマンの『家族療法学』。リン・ホフマンが自身の経験を述懐していることで、ホフマンの悩みが伝わってくることと、家族療法の黎明期から現在までの歴史や考え方の変遷を理解する上でも意味があるということでお勧めです。そして、同じリンホフマンと亀口先生監訳コンビでの『システムと進化』、1980年代の家族療法の理論的な構築についての名著中の名著です。1980年代に書かれているから第一世代家族療法のところで終わっているのですが、物凄く理論的で理論構築が哲学者のような理論で固められた本なんです。とても面白かったし勉強になりましたね。

 

下川:ヘルピングスキルに関しては?

 

 日本語になっているのはカーカフの『ヘルピングの心理学』の1冊だけで絶版になっていますが、図書館にはあると思います。また、クララ・ヒルの『Helping Skills』現在第2版が出ていますが、英語版しかありません。できれば今年中か年明けぐらいに、『ヘルピングスキル』という形で僕なりにまとめて出せたらと思っています。それから、月一回の研修会を高橋規子先生の主催する心理技術研究所でやっています。興味のある方はホームページをチェックしてみてください。

 

⑥家族心理学・家族療法を学ぼうとしている学生や関心を持たれている方に一言お願いします。

 

家族システムを学ぶことはとても大事ですが、それにハマり過ぎて「森を見て木を見ず」になってしまうとどうなのかという心配はあります。やはり一人一人の人間が大事だと思っていますし、家族というのは概念なんですよね。家族療法においては、システム的な見方もとても大切だけど、一人一人の人間がどのような経験をしているのかという見方に戻ってこられることが大切だと思っています。家族をシステムとしか見られないというのは僕にとって気持ちが悪いんです。やはり一人一人を大事にして、その人たちが目標に向かって動くことを援助する時に、森がとっても使い道があるから森を大事にするということ。どちらが良いというわけではありませんが、「森が大事で木は…」という考え方は勉強の段階ではしょうがないとは思いますが、基本を大事にしてほしいですね。
 「森を見て木を見ず」ではなくて、「森を見て木を見て…」という考え方ができるようになってくれたらいいなと思っています。

 

 

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