【家族心理学研究者の第一人者にインタビュー

in28 shoujima

 

 

 

福島大学 人間発達文化学類 教授  

生島 浩先生

(先生の御所属はインタビューがされた当時のものです。)   

インタビュアー  高橋 誠

 

 ********************************************   

① 先生のご研究テーマについて教えてください。

 

 1つは家族臨床。もう一つはいわゆる犯罪臨床と言うか、犯罪心理臨床です。犯罪や非行を行った方々の、昔はリハビリって言ったのですが、今はリカバリーという言葉のほうが流行りなのかもしれません。元々、リハビリテーション、社会復帰。それが根本にあって、犯罪者と非行少年の立ち直りが専門なので、それに関する一番の手立てとなるものとして家族というのがいるので、そういうところで家族臨床とつながっているというところです。
 30年前の法務省に、保護観察官という、英語でいうとprobationというんですが、保護観察という社会内処遇。大きく言って犯罪者処遇は、施設の中での矯正と社会内処遇があります。私は社会内処遇、保護観察に30年前に入りました。犯罪や非行のクライアントさんは、自分自身がそんなに治療的動機付けがあるわけじゃないので、誰が困っているといえば、社会が困っているわけですね。社会支援、ソーシャルサポートの一つですからね、犯罪臨床は。社会が困っているんですけど、一番クライアントとして目に見えるのは家族ですね。家族が、子どもが捕まった、お父さんが捕まった、お母さんが悪いことしたってことで、そういう家族へのサポート。現実に、原因・結果というだけではなくて、立ち直りと言うのが主眼なんだけど、立ち直りの手立て、手立てとして色んなものがあるけども、やっぱり家族を支援するというところで、家族臨床を始めたという順番です。

 

(高橋:家族臨床としての、非行・犯罪の特徴はなんですか。)

 

 たとえば単なる殺人と家族内殺人で何が違うかと言うと、家族が被害者でもあり、加害者でもある。被害者に対しては被害者臨床が効くけれど、加害者としての責任や後ろめたさがあるだろうし、社会からの非難もあるだろうし。加害者臨床と被害者臨床が同時期並行的に、なおかつ同じセラピストがやらなければいけない事態もある。欧米では別の人がやるという議論になっているけれど、私は同じ人がやったほうがいいと思っています。まさに円環していて、加害者と被害者が切れない。そこが難しいですね。
 円環的認識論は、認識論として円環だけど、犯罪臨床では現実的に円環してしまってますからね。認識論は頭の中の作業だけど、現実に円環しているものを取り扱うのは難しいですね。なおかつ、それを社会に対して説明して行かないといけない。 いわゆる、純粋な心理臨床としてのアプローチや新しいストーリー作りはなかなか難しい。諸事情を勘案した結果、「しょうがない、仕方ない」というのが大事だと思います。

 

(高橋:もちろん家族によって型は違うと思いますが、家族内殺人の起こる家族の共通点というのはありますか

 

 僕の関心が、どうしてそういう犯罪が起こったかよりも、起こったあとのリハビリテーションやリカバリーに関心があるから、どういう風にしていけば、どうにもなんなくなったものを、どうやって仕方ない、しょうがないと言う形で、問題解決にならないけども、とりあえずちょっと元気になるのか。何らかの理由で煮詰まってしまう。煮詰まらないようにどういう形で支援できるか。うどん・そばが煮詰まった時の「差し水」のように、根本的には火を止めなきゃいけないが、とりあえず「水入り」というか時間稼ぎをちょっとだけする。このようなアプローチをどうするかというのが、今の研究テーマ。根本的にどうするかというのはとても手が回らないけれども、それこそいろんな人の知恵や、他機関との連携が必要だけど、それをするために煮詰まらないように効果的に「時間を味方にする」アプローチ、昔で言う危機介入だけど、それを家族・犯罪臨床の立場から何かできないかと考えています。機能するシステムズ・アプローチとして何かご提案できないかと。今まさに、一生懸命やっている最中です。

 

② この領域に興味をもたれたきっかけを教えてください。

 

 私が法務省に入ったのが昭和54年。日本としては校内暴力、家庭内暴力。特に校内暴力が激化して、大きな社会問題になった頃です。私が東京都の保護観察官になって、特に下町、江東区とか葛飾区などを担当したものですから、当然校内暴力なら学校に出かけてそういう子たちと対応するんだけども、そういうことやっていくと、もちろん学校が問題だとか、本人が問題だとかあるけれども、やっぱりその子の立ち直りを考えると、家族の問題が大きくて、家族に目がいったという。いまは高齢者の犯罪とかやっていて、それもまた家族なんですが、当時は家庭内暴力や校内暴力。まあ家庭内暴力はダイレクトに家庭の問題ですよね。校内暴力は立ち直りのことを考えると、どうしても家族ってことになって、そういうところで家族に関心がいったというか。元々動機付けが乏しい人なんだけれども、動機付けがないと心理援助が中々難しいですね。そういう人に対して、動機付けは誰があるんだろうって考えると、やっぱり家族。困ってますからね、家族は。子どもが学校に呼びつけられて、警察に捕まってという風になれば、必ずそうすれば親が呼び出されるということになるので、自然にそういう親御さんにサポートしたり。

 

 その時にちょうど朝日新聞を読んでいたら、当時日曜版に健康面があって、そこに家族療法について勉強してきた、当時の千葉の国府台というところにあった国立精神衛生研究所、今は国立精神保健研究所という名前ですけど、そこに『鈴木浩二』先生という方が当時の室長でいらしてて、アメリカで家族療法を勉強してきて、日本できちんとトレーニングしたいというようなことを思ってらっしゃって。新聞で家族療法の講演会があるというのがきっかけ。そういう人が日本にいるんだ、出かけてみようということで出かけてみて。日本にそういうものを入れるためにトレーニングしたいと。そこに、当時心理臨床をやってた人たちが集まっていて。いまでもそうですが心理臨床は女性の世界。鈴木先生は男性ですが、当時は家族療法とか夫婦療法やるのが、家族という男女を扱うから治療者も男女のペアが望ましいということでした。鈴木先生を除いて男がいなかったんだよね(笑)。「君は男だよね、是非来週から入りなさい」と言われて。私は公務員で、フルタイムの仕事を持っていますからといったら、研修とかシステムないのかと言われて、内地留学で週1度っていう制度があって、当時はぺーぺーだったので、上司に行かせてほしいと無理やり言って、始めは週1日を半年、それを半年延ばしてもらって、それからは土曜日休暇を取って通って。そこの1期生ということでトレーニングを受け始め、3年間臨床訓練に通いました。

 

③ 先生の師は誰ですか。また影響を受けた人物を教えてください。

 

 1人は鈴木浩二先生。その方は日本に家族療法というもの、欧米の最先端の実践を入れてきたかたで有名で、構造派から始まって戦略派から全部始め導入された方なので、一生懸命勉強して。当時、精神衛生研究所に来ていたのが、やっぱり不登校が多かったですかね。あとは色んな精神疾患を抱えた子どもさんや親御さん、そういう人たちに家族療法を始めた。当時の家族療法だから、治療者は男女ペアですし、ビデオカメラで撮ってライブスーパービジョンで、本で勉強していたことを現実にやっていましたね。

 

 それからもうお亡くなりましたが、下坂幸三先生。それから数年して、下坂先生からお声をかけられて、私のところで勉強しなさいと。家族療法に関しては鈴木先生のところで最先端の理論・実践を学んだんですが、基礎としてきちんとした心理臨床の基礎、精神的な問題を含めた基礎のところを知りませんから、まず下坂先生が順天堂の外来をされてたので、そこで陪席という形で毎週仕事を休んで、1~2年通って。まず家族療法というよりは心理臨床・精神科臨床の基礎を学びました。その内にクリニックの方に出入りが許されて、まずは下落合の下坂クリニックに通って、陪席から始まり、その周辺の研究会などに出て、それから家族療法学会が出来る前で、研究会があってそこの事務局をやったり。そういうことをやっている内にだんだん陪席だけじゃなく一緒にやるようになり、しばらく経ってから、私がやりそれをスーパーバイズして下さり。都合下坂先生のところで10数年。下坂心理療法研究室の客員研究員という形で。月曜から金曜は保護観察官、土日は全部つぶして、10数年やりました。下坂先生は精神分析から家族療法を修得された精神科の医師、鈴木先生は心理ですから。私の師匠はと言われれば、まさにそのお2人ですね。

 

④ 最近の社会問題で気になるテーマを教えてください。

 

 軸足という形では犯罪・非行臨床。10年前から大学の教員になっていまして、スクールカウンセラーもやっています。いまは問題を抱えたご家族全般をやっていますが、軸足と言えば犯罪や非行ですね。校内暴力や家庭内暴力をはじめ,非行の第3のピークが昭和58年なんですね。

 

 最近は少年非行が減っていますから、全体的に犯罪臨床の中心が高齢者犯罪なので、今のテーマは高齢者犯罪。それから少年非行でいうと、発達障害とか。ひとくくりで言うと、犯罪性・非行性というのはもちろん障害としてハンディキャップとして持っているわけですね。それにプラス、精神障害とか発達障害とかいうカギカッコ付きの併存障害ですね。元々犯罪性を持っていて、それに高齢だったり発達障害・精神障害など併存した障害、ハンディキャップを持っている。そういうものをもった犯罪者・非行少年に対するアプローチが中心になっている。ここ数年はそうですね。

 

高齢者でも、家族との絡みで言うと、犯罪の一番の典型、というか重いものは殺人ですよね。ご存じの通り、犯罪のうちの半分は家族内殺人ですね。それが65歳以上の高齢者になると7割から8割が身内の殺人なんです。家族内殺人なんです。それが高齢者となると介護の問題が絡んできて。介護疲れによって家族を殺めてしまう。殺めなくても、半分自殺のような形で自分の家に火をつけてしまう。それで助かって、罪名自体は放火と言うことになるけれども、自分の家に火をつけるっていうんだから、ある意味の攻撃性であったり。そういう形の家族の絡みで言うと、家族内殺人に関心がありますね。最近のテーマでは。

 

(高橋:孤独死のような問題も最近多いですね。)

 

それはもちろん。どうしても犯罪と家族の絡みで私の専門が成り立ってるので、皆さんからマスコミも含めて「お尋ね」もそういうものが多いし、テーマとして求められるものもそうなので、ここ数年は関心があるないに関わらず社会的なニーズがそこにありますから。

 

⑤ 最近関心のあるトピックについて教えてください。

 

 犯罪臨床と普通の心理臨床で違うのが、社会から排除されてきた人たち、いつ排除されても構わないという人たちを、クライアントとしてるということ。そして、普通の病院などは自分たちの金を使っているけど、犯罪臨床では基本的に税金を使っているわけです。犯罪臨床機関のほとんどは公的組織ですから、社会に対して心理的効果だけでは説明がつかない。心理臨床では本人が「効果がある」と言えばいいですが、こちらは本人がうんというだけではダメなんです。また、もうひとつの当事者として、被害者がいる。被害者に対しても必ず、折り合いはつかないけど、説明責任がある。普通の心理臨床や病院のクライアントと違って、社会臨床、社会とのつながり、もうひとりの当事者である被害者との折り合い、関係性を無視できないのがポイントです。心理臨床のアプローチは学んでいるけど、学ぶべきところと違うところがはっきりあって、認識してもらわないと、何でもこちらの世界に入って来るわけではない。それもシステムズアプローチの基本の考え方だけども、そこを踏まえた上での認知行動療法でないといけないと思いますね。

 

 薬物は医学的分野、違法薬物なら犯罪臨床と共通部分が多く、薬物犯罪へのアプローチには医療モデルが入っている。性犯罪の治療もアディクションモデルが入っている。性犯罪はアディクションだと。でも性犯罪はアディクションではない、あくまで犯罪。その犯罪というべースは落とせない。アプローチとして使える部分は沢山あり、学ぶべきです。そこが見えてないのか敢えて見てないのかもしれないが、そのまま入れるのは違うと思います。犯罪は被害者がいる、そして,税金が使われる世界。社会的対処の対象となる世界。原因は自分にありますから。

 

(高橋:アディクションと犯罪臨床で気をつけるところなどありますか?)

 

 現場レベルでは、認知行動療法、アディクションモデルが使えるけれど、使えない部分ももちろんある。クライアントのアセスメントをして、使える部分をみる。ベースとして社会支援、税金を使う。薬物はその辺かなり共通して使えるのは被害者がいない点です。ただ家族が被害者。他の犯罪、性犯罪を含めて、被害者の存在を忘れてはできないんだよね。その辺をわかってやってるのかもしれないけれど、その辺を忘れた実践も散見される。被害者に説明がつく形で、説明しながらする。例えば、心理臨床なら治療の情報も治療者と本人で守られていますが、犯罪臨床では必ず被害者や社会に対してある程度開示しなければいけない部分が出てくる。それが心理臨床と違う。違いを認識したうえで、ツールとして心理臨床の手法を使うのがよいと思います。

 

⑥ おすすめの本を教えてください。

 

 自分の本で一番最近のものでいうと、朝日新聞福島版に掲載していたものをまとめた『学校臨床の現場から』(生島浩,SEEDS出版,2009)です。システムズアプローチというのは元々家族と言うものを幅広い視点で俯瞰的に捉えようという発想だったと思うので、いまの学校や家族の問題をできるだけ俯瞰的に、焦点をキュっと絞るのもいいんだけども、引いた形で幅広いシステムとのつながりの中で観て行こうっていう意味で、ちょっと新聞に連載したものをまとめたものがあって、そういう私の考え方をまとめたものがこれです。お若い方でこういうものに関心があるとか、学生さんや大学院生を含めて、自分の本でいうとこう言うところです。(この本は書店では買いづらいので、アマゾンで買ってください(笑))

 

もうひとつ私の軸足で、犯罪臨床の領域ですが、昔法務省にいて今龍谷大学の浜井先生が新書で出している『2円で刑務所、5億で執行猶予』(浜井浩一,光文社新書,2009)。ちょっと題はいかがなものと思うけれども(笑)。いわゆる心理臨床でも言われているエビデンスベーストの考えに基づいて犯罪臨床をきちんと考えたいと主張されている方の本で。犯罪にご関心の方に、分かりやすく最近の事例が載っています。2円で刑務所というのは、たった2円くらいのものをどうでもいいものを万引きした高齢者が刑務所に入っちゃう。一方で某音楽プロデューサーのように5億円を詐欺した人が執行猶予になっちゃうよという、どうしてそういうことが起こるのかを取り上げたわかりやすい本ですね。そういう犯罪臨床や犯罪処遇を、科学的にエビデンスベーストで考えたいという、とてもよく書けている本なので、犯罪臨床の入門書という意味でこれをお勧めしておきたいです。

 

⑦ 家族心理学・家族療法を学ぼうとしている学生や関心をもたれている方に一言お願いします。

 

 僕が誤解しているかもしれないですが、老婆心として経験者として言うと、家族療法から出てきた最新のアプローチとして1つはブリーフセラピーがあります。そのブリーフというのは効果的だけど、当たり前だけど短期的な視点は、長期的な視点や変化をみた上での短期的な部分に焦点を当てるんだから、ちょうど陸上選手で言うと、100m選手は100mしか走れないんじゃないと思うんです。何千、何万メートル走れる前提に、100mをする。飛び込みの選手も、じつはすごく泳げる。なので、いきなりブリーフに関心を持たれるのはいいけれど、まず長期的なところ、心理療法で言うときちんとロングで時間をかけて長くという経験を積んだ上での、始めてブリーフということだと思うので、老婆心ながら、おれは100m選手だから100mだけ練習すればいいということではないんですね。何万メートル走る体力がついた上での100mだと思うので。

 

 もうひとつのナラティブアプローチ、ナラティブセラピーというのが家族療法から出てきて、いま一番ヒットしていて非常に有効なアプローチだけれども、これも僕の誤解かもしれないけれども、非常にフォーカスを絞った会話、語りを扱っている。カメラで言うとアップした、ミクロというか。元々システムズ・アプローチというように、俯瞰的にカメラを引いて、幅広いシステムを見たうえでの、多分家族臨床で一番学ばせていただいたシステムズ・アプローチのエッセンスっていうのは、私の理解では治療者の視点がキューっとアップしたミクロの視点と、ヒューと引いた俯瞰的なカメラの視点と、これが自由自在にできる、そういう観点を持ったアプローチというのが家族臨床,システムズ・アプローチのエッセンスだと私は理解しています。老婆心ながらキューとアップしたほうだけみて行く流れで、キューと引いて俯瞰的にいろんな動き、社会的なものなどを見極めたうえで、目の前にいる家族の、あるいは個人の対話の細かいところを見るのが大事になるんじゃないかと思います。そういう意味では『学校臨床の現場から』を読んでいただければ、4年間分の新聞連載が入っているので、引いてみたりアップしてみたりが色んな回ごとに入っているんですが、私からみたらシステムズ・アプローチは俯瞰とミクロが自由自在にできるのがエッセンスなので、そういう視点で是非読んでもらいたいと思います。

 


(高橋:非行臨床を目指される方に一言お願いします)

 

 非行臨床目指す方いるのかな(笑)。犯罪臨床も他の心理臨床と同じで今はエビデンスベーストなんです。ということは当たり前だけど認知行動療法なんですね。そこは他の臨床と同じです。大事なのはエビデンスです。だけど、エビデンスベーストはエビデンスが大事なのはもっともだけども、犯罪臨床は元々社会から切り捨てられた人達に臨床するということで、税金を使うわけですね。そのために社会から税金を使わせていただくということで、エビデンスは大事。外向きのものとして大事だけども、それがこのアプローチが内にむかってしまって、犯罪臨床には分析的なアプローチが有効ではないとか、それはクライアントセンタードはだめとか、身内の切り捨てに使われるのはおかしいのではないか。あくまで外に対して税金を使っていただくツールとして使いこなすことが必要だと思います。

 

 エビデンス論の有効・無効を身内、クライアントに使うと、この議論はコスト・ベネフィット論になります。犯罪臨床にコスト・ベネフィット論を持ちこむと、我々のクライアントは、コスト・ベネフィットが乏しい人たちなんです。コスト・ベネフィット論を持ちこむと、そんな者への支援はやらないでいい、ということになる。エビデンス・ベーストを重視するのは、心理臨床全体を強くするためのものだから、そこを見誤ってはいけないというのが、最近強く思っていることです。

 それは何のためのツールなのかという。心理臨床全体のパワーアップのためのもの。それを正義や正当という概念ではなく、あくまでツール、道具だというのを忘れないでほしいですね。それは幅広い俯瞰的な視点を持っていないと、ツールにはめられてしまう危険がある。特に若い人を見るとその危険性を感じる。特に犯罪臨床は一番脆弱な部分ですから。犯罪臨床の最たるものとして、死刑囚に対する心理的援助がある。その人にとっての効果は、どうやって検証するのか。「有効・無効」「意味がある・ない」との議論を超えて、やるべきことがあるということを忘れないでほしいですね。

 

Copyright © 2017 家族心理.com. All Rights Reserved.
Joomla! is Free Software released under the GNU General Public License.