【家族心理学研究者の第一人者にインタビュー


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文京学院大学大学院人間学研究科委員長・教授 
 人間関係学部教授 

東京女子大学名誉教授

 

 柏木惠子先生

(先生の御所属はインタビューがされた当時のものです。)

 

インタビューアー  立正大学大学院 野口修司
家族心理.comスタッフ 高橋 誠

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先生のご研究のテーマについてお教えください   

 

もともとは発達心理学が専門ですね。子どもであれおとなであれ、その発達を研究すると、家族ということが嫌でもひっかかってくるんです。家族の研究はたくさんあるけれど、臨床でも発達でも家族がその原因のように扱われる。例えば親の躾などが、子どもの発達の規定因のように扱われる。私はそのように家族を取り上げる前に、まず家族を正面きって扱わなければならない、その種の研究がされていないと痛感して、家族の研究をしています。その根底には、家族というものが生涯にわたる人間のウェルビーイングに役に立っているのか、もしくは邪魔になっているのか、という問題意識を強く持っています。

 

 一番最初に興味を持ったのは、親子研究でした。日本の子どもの知的発達がアメリカの子どもとどう違うか。それが躾や育て方とどう関わるか、文化比較研究にかなり長いこと従事しておりました。その中で体験したことは、日本のお母さんが子どもに教える仕方とアメリカのお母さんが教える仕方とは違うということなんです。食事で子どもが食べないとき、アメリカでは「出されたものは食べなさい」と、はっきりと具体的・明示的に指示する。ところが日本のお母さんは「お母さんはお料理を一生懸命に作ったのに食べなくて残念だなー」とか、壁に落書きしたら「壁さんが泣いてるよ」と言う。これはアメリカのお母さんにはまずない言い方でアメリカの研究者からみれば、これでは躾になってない、ダメだと言ってないじゃないかとなります。しかし日本では、お母さんが残念だといえば、子どもはお母さんがかわいそうだといってちゃんと食べる。壁さんが泣いていると言われれば落書きはいけないんだとやめる。言葉に出さなくても親が言わんとすることを子どもは読み取る形でコミュニケーションが成り立っているんです。これは母親に限らず、日米のコミュニケーションスタイルの違いですが、加えてそこで出てきた解釈は、日本の子どもと母親は心理的に近い、母親は子どもと心理的な一体感が強いからではないか?というものでした。だから、はっきり命令しなくても、以心伝心で相互の意思が伝わる、というのです。

 

 この解釈は、戦争直後に始めて日米比較したコーディルの研究に始まっています。日本のお母さんは子どもが眠ってもそばにいる。アメリカのお母さんは子が眠ったら子どもから離れて自分のことをしている。このように日本の母子は物理的に近接した状況にいることから、心理的にも緊密な一体感が醸成される、という解釈です。この日本の母子の強い心理的一体感のために、以心伝心の躾が通用するのだと日本の研究者は説明し、アメリカの心理学者は納得し、アメリカにはないことだと感嘆してしまいました。けれども、私はその解釈に、え?そうかなーと疑問だったんですね。また日本の母親は子どもと一体感強いと一般化されることに、不快な気持ちを覚えました。当時、日本側の研究者で女性は私しかいなくて、私は母親の端くれだけど、子どもと一体だとは言えず、むしろ子どもは他者だという思いがありましたから。しかしその時は確たる証拠がなかったために、反論できなかったんです。この体験が、母子間には本当に一体感があるかどうかを実証する研究をしたいと思った始まりです。

 

 研究の結果分かった事は、子どもに対する一体感が強いのはお母さんではない、実はお父さん、しかも、実際に育児参加してないお父さんほど子どもは自分の分身だ、一心同体だとの感情が強かった。これはよく考えれば当たり前なんです。実際に育児していれば、子どもは思い通りにはならず予定や計画をひっくり返す存在、決して一体感なんて言っていられない、明らかに他者性をもつもの。この結果に私はわが意を得たりと思いました。これまでお母さんというものを優しい、無私の愛情を子に注ぐ人と思い込んでいて、それ以上の分析的研究をしていない。しかし、母親にとって子どもとは何か、どのような存在かを正面から問う研究が必須だと思っています。そうした研究は、今騒がれている少子化の問題の解明にも繋がると思うんです。子どもは言うまでもなくかわいいけれど、しかし、それは一体感ではなく、時に対立や葛藤を孕むものだ、ということを実証的理論的に明らかにする、そのような親子の研究がとても大事だと考えています。

 

もうひとつ、気になるのは「家族はあたたかいものだ」という点ですね。10余年前の国際家族年の時、文部省からシンポジウムのコーディネートを頼まれました。ヨーロッパや韓国を始めとするアジアなどの学者を招いて国際シンポジウムを開催したんです。その際に、議論の中で、今後家族は変容していくが、しかし家族は暖かいということは大事だということを一人が発言しました。それに対して社会学者の目黒依子さんが「では、誰が暖めるのか?」と問題提起をした。これは的確な指摘ですね。暖められている側から言うと、「暖かさ」は文句なしにいいことだけれど、暖める側はそうではないという指摘。このことを実証的に明らかにしたいと思いました。家事はどの位しているか、育児は?また夫と妻とがどのくらい大人同士のケアしあっているのか、を詳細に検討する実証研究を行いました。その結果、専ら暖める妻と、暖められる夫という非対称の関係があらわになり、このケアの授受に偏りがありケアを受ける事が少ない妻では、結婚満足度や幸福感が低いという結果が得られたんです。まさに、家族はジェンダーの巣なんですね。

 

  

 

2.どのような問題意識から活動していらっしゃいますか

 

 この頃、しきりにキャリア教育とかキャリアカウンセリングといわれていますが、私はキャリアとは職業だけとは思っていません。職業をもって社会的活動をすることと家族役割を担うということ双方を含めた人間の生き方に関わる事。そのような広い意味でのキャリアについて、どのような在り方が人の幸福に寄与しているか、あるいは幸福を阻害しているか、これについても実証的に研究したいと思っています。家族は原則的に男性と女性が暮らすものなので、やはり浮かび上がるのがジェンダーの問題。当事者自身(夫妻)がいくら平等だといっても、日本の社会に広く潜在しているジェンダー的な偏りが家族生活には否応なくかぶってくるんです。男性が洗濯物を干していると「奥様はご病気ですか?」と聞かれる。夫が義父母の介護をしたら表彰ものだが、女性はそれをしても当たり前。そういう社会のジェンダー観が家庭に入ってくる。家族は暖かいとか、安らぎの場とか言いますね。もちろんそれは皆が望んでいるけれど、では誰が暖めてるの?ということになると、家庭の暖かさというのは心遣いであったり、料理を作ったり、愚痴を聞いてあげるということで、部屋の暖房やお風呂のようにワンタッチで自動ではいかないんですよ(笑)。暖める人、暖まる人というのは、ジェンダーで決められがちです。女の人は仕事を持っていても育児家事はまわります。これは男性とは大違いですね。このようなことを考えると、家族というものがどういうメリット・デメリットを持っているかということがジェンダーによって異なる、それは極めて日本に独自の問題だと言うことを提起したいのです。

 

 家族はいいものだ、家庭は暖かいという意見には「ちょっと待てよ」、「誰にとってなのかを考えて」、と思っています。誤解してほしくないのが、それは男女どちらにとっても幸せだと言うことが大事だということなんです。家のことをほっぽりだしてひたすら仕事に励んだ挙げ句、“過労死”というのは、他の国ではありえない。外国で「なぜ死ぬ前に休まないの?」と聞かれて説明に窮したことがありました。なぜ休まないか――男は仕事、そして業績第一という男性役割、また稼ぐと言うことが男性の双肩にかかっているから休めない。いずれも男らしさに縛られジェンダー規範に囚われているのではないか。では、稼がれている女性は幸せかというと、日本ほど育児不安を持っている国はないんですよね。

 

男でも女でも家族役割を同時に担うことが大事だと考えているので、多重役割についての研究に興味を持っています。最近の研究では、「複数の役割に積極的にコミットしている人が精神健康度が高い」という結果です。積極的とは、妻に言われたから買ってくるおつかいではなく、自分の意思・判断で考えて買うという意味。ただし過度になると逆効果なので注意してください。自分が積極的に家族役割を担うことは、職業とは違っていい意味の気分転換になる、また多様な能力を使い養われると言う意味で、多重役割はバランスがとれるということが、とても納得できます。
生田:感情労働という概念に通じますね。  
 そうですね。ケアする人が偏っていると思います。

 

 

 

3.先生の師または影響を受けた人物は誰ですか

 

大学院は東大でしたが、そこでは教えてもらえないことが普通のところでしたね。修士論文も博士論文も誰からも指導を受けたことがなかったんです(笑)。けれども広い意味で研究すること――どう研究のデザインを組むか、結果をどう分析し考えるかなどなどの面白さや大変さを学んだのは東洋先生。東先生とは共同研究者として長くご一緒に仕事をし、研究をめぐる問題について多くを学ばせていただきました。もう一人、大学院に進学し研究者になりたいと相談したとき、大学院におられたある先生から、女は3倍仕事をしなければだめと言われたことを思い出します。それは大変きついことだと思ったけれども、誰かから頼まれたことは原稿であれ、研究であれなんでも受けてたつ!ということを自分のモットーとすることにさせた一言でしたね。職業の場では、「私なんか~」という謙遜の美徳は美徳ではないと思っているんです。社会人として無責任だと思ったし、そうやって何事も引き受けることによって自分の研究の力を養い、研究の幅を広げることができたと感じています。また、大学院に進学して研究者となってしごとを続けることになったことには、父の存在があります。私の家庭は3代続くクリスチャンの家庭で、父には子どもといえども、また男であれ女であれ、神様の前では皆平等だということを徹底して教えられ、そのように遇されました。友達の家に行くと、その友人はお手伝いさんから「お嬢様」と呼ばれているのに驚いたが、それは私の家では家で働いている看護婦さんやお手伝いさんも私ども兄弟も、皆名前で呼び合い、何事も平等でしたね。本人が望むなら男でも女でも教育は十分にさせる、その後は一人で自立して生きるようにと徹底的に言われました。

 

当時、女性が大学に行ったのは5%といわれた時代です(今は32%ほど)。さらに大学院なんかにいくというのは変人扱いでした(笑)。そんな中で大学院進学ができたのは、父自身もっと勉強したかった、臨床医よりも研究者になりたかった、それが家庭の事情でできなかった無念さから、子が望めばそれはさせたいとしてくれたことが、今日の私であり、それは大変有り難いことだと思っています。

 

 

 

4.社会問題で気になることはございますか

 

 “2007年問題に家族の研究者として関心があります。2007年、団塊世代の大量退職で、年金問題や労働界に問題があるとそこに焦点が当たっているけれど、家庭にも大きな問題が起こるのではないか?それまで職業一点張りだった男性・夫が家庭に戻ってくる、夫不在の間に妻は趣味やボランティアなど活発な社会的活動をしている、そんな夫と妻がどのようにパートナーシップを再構築するのか、あるいは家庭内離婚状況になるのか、離婚も増えるかも、などなど積年の「男はしごと/女は家庭」の状況がどのような結末になるのか、家族研究者としては興味津々です。また、それについて研究をしたいと思って待っているところです(笑)。

 

高橋:日本の社会はこれからどうなると思いますか?
 何よりも気になるのは、一層保守化した新政権ですね。これまでの「男はしごと女は家庭」というジェンダー分裂はもう破綻しているのに、そして工業国では「男も女もしごとも家庭も」が主流になっているのに、それに逆行していく気配がします。それがやりきれないですね。一番気になるのが日本の政治の問題です。
高橋:イギリスは政策提言を目的とした実証研究がほとんどだと聞きますが・・
 海外では、学問・研究の成果を政策に反映させる、取り入れる仕組みがちゃんとあって、研究と政策、実践が有機的に結びついているのが現状です。日本ではそれがない。騒がれている少子化がなかなか止まらないのも、政策が研究で分かっている少子化の要因が配慮されておらず、つぼを外しているからではないでしょうか。

 

生田:少子化が止まらないことを前提にしたモデルがあってもいいのではないでしょうか?
 私は少子化自体はそれほど問題ではないと考えています。日本は狭い国土、それにこれからはどこでも国際移動、移民も必要だし当たり前になるでしょう。問題は、本当は子どもが欲しい、あるいは2人は欲しいのに、諦めてしまうケース。なぜなら、1人生んで育ててみると、母親にはしごとを続けることはおろか、自分の時間さえない、もう一人の親である夫は育児は任せっきりで孤独な育児を強いられる、こんなことはもう沢山ということがあるんです。

 

 子どもの養育には複数の手がいる、とりわけもう一人の親--父親が人類の子育てには必須なのに、それが不在という日本の状況は異常です。男性の生き方・働き方が変わらないとダメですね。これは、政策で可能だと考えています。例えば子どもが生まれたら父親になった男性は2年間残業禁止にするなどどうでしょうか。そうすることで育児家事に関わることになる、そういう風にしないと育児不安も少子化も止まらないでしょう。また、男性が家族役割に積極的にコミットすることが大事なことですね。それは職業では得られない人間的な発達につながるからです。 そして、女性も教育を受けたことを社会に返す、社会で働くことは責任なんです。女性は自分の好みのようにしごとを辞める、専業主婦になるなど、実はとんでもないことだと思います。教育を受けたということは、親からの学資でできたことではない、そこには膨大な国家予算が使われているわけですからね。これを考えると、教育を受けたものは社会に貢献する責任があると思うのです。
生田:確かに、男性が残業休暇すれば、男性もやらなきゃという気になって、女性も楽になると思います。
 単に楽になるというだけではなく、家事や育児が夫と妻二人の共同作業であることは二人のパートなシップにとっても重要なことです。また「お手伝い」ではなく 積極的にコミットすることで、家事や育児の大変さと楽しさとが分かる。積極的に関わることになれば、自分のやり方を工夫する余地が仕事よりあるのではないでしょうか?なんだ仕事なんかよりずっと面白い、と自らの才能や関心を発見することにもなるのではと思いますね。
野口:そうすれば女性も2人・3人とほしくなる。そこをいかに作っていくかですが。
 政策としてそう難しいことではないと思います。永遠に残業しないわけでなく、子どもの手のかかる少しの期間ですし、次々と交代していくのですし。これは政策も重要だけど、価値観――どう生きるか、何を重要とするかの姿勢にかかっていますね。スウェーデンでは5時まではばっちり働いているが、5時になるとさっと帰宅する。それは、スウェーデンでは仕事をすることと家庭役割を持つことはどちらも権利だという考えがあるからです。だから5時までは働く権利として働くが、それ以上に残って働くのは家族役割を享受する権利を放棄したことになる、だから定時にぱっと家庭に帰る。日本では、働くことばかりが強調され、いつまでも残業しているのが頑張っている人がいい、家庭を理由に早々に帰宅する人、男性などとんでもないという風土がありますね。そうした風土が過労死につながっていく。生き方・働き方についてどこかで価値観を変えないといけないですね。

 


5.お勧めの本をお教えください

 

「家族心理学への招待今、日本の家族は?家族の未来は?-」柏木惠子・大野祥子・平山順子編著(ミネルヴァ書房)。学部の方におすすめです。30の短編になっていて読みやすくなっています。「キャリアを拓く-女性研究者のあゆみ-」柏木惠子ほか編著(ドメス出版)。女性研究者の規範的なモデルが少ないと言う問題意識から、著名な女性研究者が、どのように自らのキャリアを切り開いていったかを紹介しています。女性研究者志望は是非読んでみて下さい。

 

 

 

6.家族心理学を学んでいる方に一言メッセージをお願いします

 

家族のことを研究する、あるいは家族臨床に携わるなら、心理学だけにとどまってはならないと痛感します。世の中で起こっていることにアンテナを張り、何がどうして?との省察を深めること。また、家族に関する歴史研究や文化人類学、社会学など心理学の周辺領域の勉強は欠かせないですね。家族や人間発達に関わる他のディシプリンのことにアンテナを張っていないとダメ。何と言っても心理学はたかだか数十年の研究の蓄積しかないものです。そこで他の領域で営々と進められてきた家族についての研究、論考などは家族心理学者には欠かせない宝庫です。臨床では「今ここ」が強調されるけれど、多様な文化・社会についての知見や歴史学の視点など、広い視野を持っていないと解釈を誤る、狭い理解に陥ると思います。広く多様な社会を見、歴史に遡ってみれば家族は社会が変われば変わることは明らかです。変化する/変化させることができるから人間、人間だけが高い知能を持つ故に、社会の変化に最適な家族のかたちや機能を編み出す。だから、安易に「昔(の家族)はよかった」「家族が皆集まって協力した」などというのはおかしいことなんです。家電製品を全部捨ててみれば、いやでも家族が協力したり集まって一緒に食事をすることになる。社会の変化、文明が家族を否応なく変化させた、そのプラスマイナス両様の影響、また家族を構成している男性・女性、おとな・子どもそれぞれにとって、家族のもつ意味・役割を広い視野から相対化して捉えることが必要でしょう。家族の危機だ、崩壊だという議論には、そうした省察が不足していると思います。

 

また、未婚化・晩婚化と問題視するけれど、結婚の価値が下がっているのだから、そうなるのは当然ではないでしょうか。食事も外でできる、ケータリングもある、性の自由化もある。そういう点で従来の結婚の価値は大きく目減りしました。今後残るのは相互に暖めあうという関係が得られるかどうか、それが重要になります。それが先述したように、暖める人と温まる人が分裂している、ジェンダーのゆがみがとても気になるのです。心理学がなかった時代の人々の心を知ろうと、家族生活を記した日記や手紙など歴史的資料をみると、今では想像もできないことがあります。妊娠した女性のことを「おめでとう」とは言っていないんですね。「お気の毒に」「なんということでしょう!」と同情している。それは、子どもが選択の対象ではなく、結婚し性交があれば「授かる」ものだった、そしてお産は女性自身の命を奪う危険なこと、今は死語となった「産死」が少なくない状況だったから、子どもの誕生は少なくとも女性にとっては大歓迎事項ではなかったんです。このような事は、若い心理学では分からない、歴史的文書でしか分からず、それを知ると、子どもをもつ・生み育てることの意味が歴史的状況によって規定されることに改めて気づく。これは、人間の親子関係を考える上でも重要なことでしょう。

 

 

 

7.最後に大学院を目指される方に一言おねがいします

 

 講義を素直に聴くだけではなく、自分で積極的に勉強する――いろんな本を読んだり、聞いたことに対して、ただ、あ・そうですかじゃなくて、疑い、自分で考えてほしいですね。思考を相互に交換することで刺激しあい、新しい発想の研究に展開するでしょう。私のゼミでは、最近、祖父母、孫との関係、父親の育児、育児にコミットメントした人とりわけ男性・父親にどういう変化・発達が生じるか、などのテーマで研究している院生がいます。また、ジェンダー関連のテーマ、新しい問題として、デートDV(デートしているカップルのDV)――恋人を自分の所有物のように支配的に扱う、性の強要をするなどの問題を研究している人もいます。

 

 

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