家族心理学研究者の第一人者にインタビュー

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東京大学大学院教授 亀口憲治先生
日本家族心理学会常任理事 
International Academy of Family Psychology副会長

(先生の御所属はインタビューがされた当時のものです。)

インタビュアー           生田倫子

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亀口先生の研究テーマ

 

(生田)第一番目に、先生のご研究の内容について教えてください。これから家族心理学に興味をもって学ぼうとしている方を対象に。

 

(亀口)そうね、あんまり専門的になり過ぎないように答えようと思いますが。まぁ、全体としては家族療法の理論や技法の統合としておきましょう。今は、特定の理論や技法を推進するというよりは、統合をテーマにしています。実際にコラボレーションというのは家族療法に限らず必要なのです。

 

(生田)システム論のような認識論とと技法の統合というところでしょうか。

 

(亀口)今までなじみがなかった領域ですけれど、臨床心理システム論としてまとめられると考えています。けれども今から作っていくわけだから、構成要素を並べておいて統合するという方向ですね。

 

(生田)御著書の中で、先生はプリゴジンのシステム論という最新領域も取り入れて、家族療法の理論として発展させていこうとしていらっしゃいますね。

 

(亀口)家族療法だけなら難しくないですが…。臨床心理学にシステム論を持ち込むというぐらいの表現にしておけばいいのかな。普通だと、臨床心理学とシステム論は縁遠いと考えられますがそうではないのです。

 

 

 

理論を実践として体現する手段

 

(生田)次に、そのような研究の成果を、具体的な家族支援という場に応用される際に、どのような場で、どのような方法で、それを臨床に還元されていらっしゃるんでしょうか?

 

(亀口)FIT(家族イメージ法)と、粘土を使った方法があります。サイバネティックスと粘土というのは全然一緒にならないように思うでしょう。サイバネティックスはScientificですが、片方で実践というような極めて具体的な方法として、粘土を使う。天使の粘土。(先生が粘土を取り出す。)

 

(生田)???

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(亀口)あなたにとって重要な出会いですよ。この粘土の出会いは。

 

(生田)わあー。綿あめみたい。           

 

 

(亀口)FITまでは、サイバネティックスとかアセスメントとかでしょ。それを粘土にまで飛ばすと、量子論的な飛躍。それか、自己組織化の核であったりもします。論理・理論の地平が全然別なんですよね。認識論的にはジャンプしないといけない場合もある。普通は右肩あがりで抽象化することをみんな目指しているけど、一挙におりる必要もある。粘土に一挙に降りる。ここのところはまだ誰もやっていない。

 

(生田)粘土ってこれまでの家族療法の素材にないですよね?どうして粘土だというように?

 

(亀口)それを説明するには本が数冊必要(笑)。例えば、粘土というのは、生物と非生物の境界線的な状態を持ってます。そして不定形。で、これは非常に特殊な現代的な粘土だけれども、もっと山にある粘土とかは原始的な生物と非常に同じ。深海の圧がかかっているところの周辺に粘土があって、生命が誕生している。粘土というのは、非生命との境界にあって、ここに、圧力などが加わった時に生命になる。もともと使い始めた粘土は、水田とかにある原始的な粘土。泥からうまれた粘土なんです。

 

(生田)この粘土という着想はどこから生まれたのですか?

 

(亀口)それは家族療法をはじめてまもなくです。素材として絶対に必要だと思いました。あちこちで言ったんだけど、概念的に理解されないんですよ。

 

(生田)その粘土をいじることによる効果というのは、どのようになりますか?

 

(亀口)家族で夫婦とか、親子とかそれを持った時の表情は一瞬にして変化を起こします。

 

(生田)夫婦で作るんですか?

 

(亀口)作るんじゃなくて、触るだけ。これを触る時には、人体の中枢神経系の活動領域が一瞬にして変わるんですよ。脳幹部のところが動きはじめる。脳の一番古い原始的なところが、生存を維持するかしないか、匂いに関わる最も古い部分の脳、原始的な脳。それはすごい情動的なものです。母親とか誰かに抱かれた時に生まれる安全感。それは理屈じゃなくて、瞬間的に感じる感覚です。

 

  

 

粘土を具体的な治療場面に用いるには

 

(生田)具体的にどのような場面で粘土を用いるんですか?

 

(亀口)訳がわからなくなった時に、FITで2次元にマッピングする。サーキュラー・クエスチョンを面接だけでやると極めて難しいし、面接もやりにくい。FITを使うと整理することができます。しかし、実際に大丈夫だという感覚が、希望を持つためには必要です。これでおしまいでも、絶命でもないっていう瞬間ですね。それは理屈ではない。それが粘土を握った時の感覚です。

 

(生田) ポストモダニズムのカウンセリングを実践されていらっしゃる十島 雍蔵先生は、面接が煮詰まったときに、カラスが鳴いたかなにかでふっと息が抜けて面接に展開が起こったというような偶然性に依拠することがポストモダンセラピーの本質であるとおっしゃっていますね。亀口先生の粘土は、ある意味息の抜け感を偶然に頼らずに作り出せるという感覚がありますよね。副交感神経とかに働きかけるような…リラックスって側面もありますし、ポストモダンとしてはある意味突き抜け感がありますね。

 

(亀口)でも粘土って言葉のイメージは、言葉も使わなくてどろどろして、そういうイメージでしょ? 普通はそれにとらわれてしまうんですよ。

 

(生田)なるほど。

 

(亀口)体験した後はつながる。それはリアルな身体経験がないとつながらない。日本に紹介されてきた家族療法は身体性って重要視されていないんですよね。

 

(生田)亀口先生の興味の中で、そことつながるルーツを教えてください。

 

(亀口)昔は神経心理学的なことをやっていたんです。家族療法をやる前の私の歴史は、開示してないからみんな知らないんですよ(笑)。

 

(生田)では、このサイトがはじめてになりますね(笑)。

 

                                                   

 

複雑系の閉塞間を抜ける手段としての粘土

 

生田)私の理解だと、システム論としてのポストモダニズムを本気で家族療法に体現すれば、ナラティブというよりは、因果律を越えたところの、十島先生がいうように偶然やノイズの概念が入らないといけませんね。しかし面接中に窓の向こうにからすが飛んだとか、そういうものが要素として組み込まれてくるようになると、今度は心理療法の治療理論として確立できないというところがありますが、この点はいかがですか?

 

(亀口)だから、理論を突き詰めて文章化していくと実践とは乖離していくんですよ。でも、そこから抜けなければならない。粘土に触るでしょう。持ってるだけでなくて、机に置く。娘がつくったもの。父親が作った中高年のおじさん的な車。実はスポーツカーに乗りたかったとかそういうのが出てくる。それを並べると物語が出てくるのです。ナラティブの世界になる。見立てしないで見えてしまう。普段しゃべらないお父さんが説明したくなる。粘土をいれるとね。だから一人で話していた母親が粘土の鑑賞を楽しんだりする。ずっと話さなかった父親が話し始める。子供からすると驚きです。それが手から出てくるんです。

 

(生田)外在化のような?

 

(亀口)そう。外在化は作った人間が思いつくものもあるけど、その意図とは無関係に、周囲が意味づけてフレーミングしていく。こうだとかこうじゃないとか。これはコミュニケーションなんですよ。人間はそれをしないではいられない。

 

(生田)そこで重要なのは、本当の作り手の意味ではなく、相互作用ということですね。

 

(亀口)そうそう。最初は握っているだけ。それからみんな作ってると、作り出す。まわりにこれいらないか、とプレゼントする。そういうコミュニケーションが生まれてしまう。そういうステージが変わるようなことが起こってしまう。予測はつかないけど悪くは無いな、って感覚があればいいんです。治療者が直したんじゃない。戦略でも仕掛けでもなんでもないですが、それでも人っていうのはそういう素材を基にして変わっていく。変化が起こる。

 

(生田)確かに、リラックスとかそういう効果もあるし、ノイズという効果もありますね。

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(亀口)まったくの盲点なんです。技術テクニックでもなさそうだけど、粘土を渡す。それが心理療法かどうかなんてどうでもいいわけ。ただ変わる。

 

ポストモダン的発想の体現

 

(生田)つきつめた形でのポストモダンの家族療法が体現されているなということもできますね。つまり、理論的イライラ感(笑)を突破するにはある種の身体感覚が必要だということですね。

 

(亀口)うん。それに粘土は文化差を越えるんですね。オーストラリアでもNZでも。この前は上海でもやりました。リアクションはまったく同じなんですよ。

 

(生田)これが亀口先生の意図を抜けて、単純な形で家族粘土療法とかにならなければいいんですけれどね。家族療法で粘土を渡しさえすればよいというような。

 

(亀口)私も粘土療法という言い方はするつもりはありません。ただ、従来と違うものだ、ということを示すために粘土を使う。実際体験しないとこれが何かってのは分からないけど。

 

(生田)家族療法の中でも意味があると思いますね。身体感覚を利用する象徴的な素材だとおもいます。

 

(ここで実際の面接における粘土の使用法へ。詳細は今後第2弾として紹介します。)

 


粘土という方法論の源流

 

(生田)粘土を使用した方法論は、MRIとか介入式のものではなく、気づきみたいなところがメインになるわけですか?

 

(亀口)気づかせるってことはないけれども、一つは体験療法だね。その気づきって意味では体験を重視する。

 

(生田)ではこれまでの家族療法の流れとは、一線を画しますよね。

 

(亀口)僕の中では全部影響をうけてるから全部入っているわけ。その家族療法の前まで含めて。だから、そこのあたりが今統合の段階なんです。家族療法に限定しないでですね。手法もバーバルとかノンバーバルとかに限定しない形で。

 

(生田)私の指導教官だった東北大学の長谷川先生も、ノンバーバルを重視されていますが、そこにポイントを持ってくるのは日本人的な関心があるんでしょうか。

 

(亀口)私は家族療法に足を踏み入れる前は、心身相関のところを中心にやってたわけですよ。それをまとめるのが中枢神経で、中心は左右の半球の機能のIntegrationだと。僕が理論的に関心を持っていたのは右半球。その直感的イメージの機能というのは非常に重要だと思うんですね。それを明らかにするのが研究のテーマだったんです。20代の後半っていうのはね。

 

(生田)じゃあ人生の軌跡が統合されているんですね。

 

(亀口)神経心理学の前は知覚心理学。

 

(生田)ええっ? 本当ですか? 長谷川先生は知覚、ピアジェの発展研究で学位とられたそうですよ。共通点がありますね。

 

(亀口)まあ厳密に言うと、僕は知覚のもっと初期をやっていたんです。運動・動作のところっていうのは、認知・知覚と同じように…その先端って言うのは右半球機能がつないでいるんだろうな、と。脳のラテラリゼーションをやっていたわけだ。だから脳は別々に動くんじゃなくて、それをIntegrateしてく動きなんです。

 

(生田)そうだったんですか。

 

(亀口)ぼくが家族療法をやる以前の軌跡には、これまでどこでも触れていなかったんだけどね(笑)。少しはそれを言わないと理解されないかな…。最初の学会発表はピアジェの追試で九州学生心理学会。保存のずれについてなんです。そのずれっていうのは、ピアジェの理論だけでなく、無数にある。ピアジェの優れているのは、まだ続いているはず。人は忘れているけど。それは初期のシステム論に影響を与えている。今はそれをむすびつける人はいなくなったけど、そんなことはない。

 

(生田)長谷川先生もピアジェからシステム論に入られたそうですよ。そういう意味では、現在は異なる切り口を持たれている先生方に、共通点があったんですね・・

 

家族心理学への軌跡

 

(生田)家族心理学に興味をもたれたきっかけを教えていただけますか?

 

(亀口)直接的にはNYに行った間の体験だね。それは家族療法と同時だけどね。家族心理学とシステム論と同時。

 

(生田)それは最初から家族療法を学ぶためにNYに?

 

(亀口)いやいや。その前に神経心理学の研究だけでなく、実践としては発達障害の子供たちに対する援助をしてたわけ。その研究と実践とを発達心理学のストーニーブルック校というメッカでやっていた。ここはブールダーモデルで、いわゆるScientificPractirionerモデルの最初のモデル大学。だから学部全体がこの二つを一体でやろうと、行動モデルで整備された大学なんですよ。全米でTOp10にランキングされる大学です。基本的なのは行動療法の牙城なんですよ。

 

(生田)では、当初は行動療法を学ぶおつもりだったんですね。

 

(亀口)ところがそこでがっかりした。Paperで読む行動療法のテキスト以上のものはなかったんですよ。組織的には充実してるけど、やってることは全部ペーパーになってるから、アイデアとしては先にいってない。と思ってる時に、家族療法の発想にであったんです。これは理論と実践が展開している。シーゲルというProfessor.がアッカーマンでスタッフとして働いていて、家族療法のセンターを開業したばかりでした。それは全然予想してなかった。これはまったくの偶然です。

 

(生田)それが家族療法との出会いですか

 

(亀口)フルブライトでNYにいって、行動領域で発達心理の先端をやるっていってて、帰ってきたら全然変わっている(笑)。Drasticな変化をしてしまったのです。この変化は根拠がなかったわけじゃなくて、発達障害児の支援で、母親のグループとか、精神分析やったり、粘土やったり、漫画療法などやっていました。しかし自分の意識としては、それはあくまでモデルは個体モデルだったのです。そこにもちろん周囲は影響を与えるけど、基本は個体モデル。それがNYで変わったわけ。ベイトソンの影響も大きいです。個体だけでなくて、システムから見直していくという考え方は、完全に自分をひっくり返すものでした。そして実践で家族療法として、一定の成果を収めているという事実を知ったのです。そこで、治療概念の組み立て方が全然変わった。それから完全に家族療法だけに限定しているのです。今のところ説明として家族療法以前のところは切り離していましたが(笑)。自分のそれまでの歴史の部分っていうのをあまり説明しないで20年すぎてしまいました。

 

(生田)それ誰も知らないですよね?

 

(亀口)そう。僕の前を知っているのは動作療法をやっていた人たちでしょうね。亀口はどうなったのかなって(笑)。つなげていちいち言いませんからね。僕の中では見かけ上はつながりませんが、一貫しているんです。ごく最近まで意図的にも説明しなかったけど。いまとなっては少しそれを種明かししないとならないかもしれないと思っています。粘土をなぜ使うかは、素材だけの問題じゃない。

 

(生田)では粘土に亀口先生の軌跡がつまっているのですね。

 


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