家族心理学研究者の第一人者にインタビュー

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花沢成一先生は2006年10月3日、ご逝去されました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

聖徳大学教授 花沢成一先生

(先生の御所属はインタビューがされた当時のものです。)
               インタビュアー  東京大学教育学研究科 青木旺佳

 

 

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研究領域・テーマを教えてください。
 
 専門は、母性心理学。特に妊産婦から母親になる過程の研究をしています。自分では家族心理学とは思っていなかったのですが、20年ほど前に日本心理臨床学会で母性の心理について発表していたら、「それは家族心理である」と岡堂先生に言われたことが家族心理学に関わるきっかけになりました。そもそもこの領域に関心をもったのは、「母性」という言葉に疑問を感じたことからです。医学では「妊産婦や母親その人」のことを母性といいます。例えば、母性栄養学といったら妊産婦の栄養ということで、母性イコール妊産婦ということになっています。
『広辞苑』では「母性=女性が母として持っている性質。また母たるもの」となっています。この母親の持っている「性質」の方を医学の方では無視しています。しかし一般の人は、母性を母親や妊産婦がもっている特別な性質、というようにとらえています。
 この言葉は大正時代に生まれたと言われていまして、戦前の『辞苑』という辞書を引きますと、ちゃんと日本語としての母性を定義しています。ここでは、「女性が母として持ってゐる感情・理性・意志・性格・肉體等などの特徴の総称」と定義されています。これこそ私は、日本語としての母性の定義だと思っています。女性を心身-如のパーソナリティという視点で捉えている。これはすごい定義ですね。神話ではない視点で母性を定義していると。それで、医学は間違っていると感じたので、これは研究してみなければ、と思いました。
 それで、実際どこにいったら研究できるかと考えて、まず産婦人科にも行ってみましたが、心理学を受け入れてくれなかったのです。今から30何年前のことですかね。心理学を研究させて欲しいと頼んでも、うちは心理学必要ない、とことわられました。結局は、友人が教授をしていた神戸大学の産婦人科にお願いすることになりました。
 最初は質問紙調査をやったのですが、妊産婦の不安ということから研究を始めたのです。当時は、不安は妊娠初期に高く、中期になると下がり、末期になると上がる、と考えられていたのですが、不安あるいは特性不安というのはそういうものではないはずだ、と思って実証したのです。そこから色々と始めたのですが、そんな研究をまとめた本が「母性心理学(医学書院 1992)」です。

 

ご研究はどのように発展されていますか?

 

いろいろやってみたのですが、心理学にとって未知のテーマが多かったので、研究のテーマはどんどん広がりました。「母性」については前述のとおりですが、「母性意識」や「母性愛」のような心理学辞典にない用語を、心理学の視点で考えなおすことも試みました。また、例えば「つわり」とか「マタニティ・ブルーズ」などという常識的な言葉も心理学的視点で見なおすような研究も試みました。

 

問題意識/関心をもったきっかけを教えてください。

 

ある程度の年齢になってからです。今から30年ぐらい前、50歳近くの時のことですね。大学を卒業してすぐ、少年院で仕事をしていたこともあって、はじめは犯罪心理学をやっていて、それからしばらくは、攻撃性の研究をしていました。学生運動にかかわっているうちに、攻撃性の研究をやるのが嫌になってしまいました。その後、催眠をやっていたのですが、そこに産科の医者が数人いて、そこでの討論で、「母性」という言葉が心理学的に納得がいかなくなったのです。このような感じで、「母性」の研究を始めたのは、日大の助教授の頃でした。

 

師匠/影響を受けた人物を教えてください。

 

私の出身校の日本大学は東北大学の次に、また私立大学の中では初めて心理の教室が出来たところです。学生の時から、渡辺徹という日大心理学の創設者にまず大きな影響を受けました。それから田中ビネー式知能検査の田中寛一先生、固有意識の千葉胤成先生、広島大から来られた古賀行義先生、東京教育大学から来られた感応理論の小保内虎夫先生などの教授がおられました。私が学部生の時は、1学年4,5人だったんです。全部集まっても心理学科は2,30人。そこに大教授がたくさんいました。だから、講義は大先生から1対1で教えてもらうこともありました。 最も私に影響を及ぼした先生は、盛永四郎という先生です。千葉大の教授で知覚心理学がご専門でした。家が近くということもあって、度々お宅にうかがいました。前述の先生方は、みんな家まで遊びにいったりして、個人的つきあいをしてくださいました。ものすごく親しい間柄でしたよ。盛永先生は、日大にも講義にきてまして、それがきっかけでよく遊びにいきました。そのような時に、「私は心理学の実験を身につけたいと思います」と言ったら、「きみは実験心理学よりも臨床心理学の方が向いていると思います」と言われまして、さらに強く「私は実験をやりたいです」と言ったら、「臨床も立派な実験です」と言われまして、この一言で決まりましたね。
 この先生は、学会にいっても、パーソナリティとか臨床の部屋で話を聞いておられるのです。理由をきいてみたら、「他の領域が最近どういう研究をしているのか、ということを知るのは非常に勉強になりますから」と。当時は他の大学の先生も気軽にお会いしてくださいました。あちこちに、本当に個人的に、心理学の世界は狭かったからおつきあい出来ましたね。そういう経験をすることができた「世代」に感謝しています。
 最近は人間関係が浅くなったので、寂しくなりましたね。あの師弟の交流は取り戻したいと思っています。

 

最近の社会問題で気になるテーマはありますか?

 

 最近、不妊治療が盛んになってきましたが、あれが気になります。要望があるから必要なことではあるのでしょうが。産婦人科の医師が生殖医療を中心にやっていますが、あの不妊というのは、実は心理的要因が大きく絡んでいるのではないかと私は考えています。特に、情動、感情的な面がありますね。
 妊娠したい、という人は驚くほどたくさんいて、どこの町のレディースクリニックも満杯です。女性だけでなくて、旦那も惨めな想いをしなければいけない。夫婦共々苦痛を体験しながら、高額の治療費を払いながら受診している。それでも受胎率はあまり高くないんです。だから成功するまでというわけで、お金を相当かけて、2年も3年もいく。その人たちの多くは、一切の仕事を投げ出して治療を受けている。私はこれでいいのかな、と感じます。医学的なところだけでなく、心理的な面で研究しなければいけないな、と思います。
 私に言わせれば、まず感情のカウンセリングをやって、その後機械を使ったようなことをした方がいいのではないか、と思います。赤ちゃんに対して暖かい感情をもってもらうことが大切です。対児感情と対夫感情は相関高いですからね。「夫元気で留守がいい」、なんてとんでもない話だ、と思います。そうじゃなくて、まず夫を愛する、と。そうすれば胎児に対する対児感情が愛着的方向に高まって妊娠の動機づけが高まるのではないでしょうか。
 そういうことからしても、不妊治療の場合も、感情的な面でのカウンセリングを徹底的に試みることが必要だと思います。ある程度必要だということは医師も分かっているので、不妊カウンセラーを置いています。でも、心理の専門家を使っていないのです。そういう人たちが、コンサルタントをしていて、「不妊治療とはこうやってやるんです」と言っている。そうじゃなくて、心理カウンセラーを使った方がいいと思います。

 

お薦めの図書を教えてください。

 

 私の著書の「母性心理学」。世界で一冊しかありませんからね。対児感情尺度とか、母性理念尺度や母性不安尺度などは良く使ってくださっています。

 

家族心理学を学ぼうとしている学生への一言お願いします。

 

 私は、日本では家族はすでに喪失していると思っています。少なくも家族は希な存在になりはてました。これは大変な時代だと思っています。まず、家族の心理学より前にやることは、自分の家族とのふれあいを大事にすることです。おじいちゃんでもおばあちゃんでも、兄弟でも、けんかでもなんでもいいから、とにかく触れ合って、家族とは何か、ということを考えてみてください。
 同じ部屋で生活しなかったら家族は生まれないんです。欧米諸国の家族の状況を日本人は知らなすぎるんです。母性心理を始めた頃にブラジルに行ったのですが、ショッキングだったのは家族のつながりが非常に強い、ということ。兄弟が同じ部屋に固まって生活していて、どこにいってもそうですよね。これを見ていて、私は自分の子供には、かなり大きくなるまで個室を与えませんでした。そこでやっぱり、兄、弟、姉、妹という同胞関係が出来てくるんですよね。離しているからいけないんです。
 うちの親戚のブラジルの日系三世。狭い部屋に兄弟3人で寝ていました。日本では親子、きょうだいが一緒に寝てるのは、戦中戦後の貧しさを象徴しているんですけど、ブラジルではベッドをくっつけて寝ることは普通だったんですね。今から25年前ですけど、その後のブラジルはどうなっているか。私はあまり変わってないと思います。日本は本当に、戦後は駄目になってしまった。朝食も夕食も一緒に食べないし。
 もともと心理学は個人差を基盤として出来上がった学問でしょ。それがどこかにいっちゃって、みんなで同じでなければいけないと。そして、性別もいけない、と。なんか変なことになっちゃってますね。昔は家庭の中の男の役割、家庭の中の女の役割っていうのがはっきりしていた。井戸水をくんだり、薪を割ったり、これ全部男の子がやっていたんですよ。役割分担。性差じゃないですね。これらも家事の一部です。家事の役割分担をして家族が成立することになります。それがなくなっちゃった。

 

現在、いい家族とか完璧な家族を求めすぎている気がするんですが…。人間関係の凝集性が強いとすったもんだがあるのが当たり前という感覚が薄れていると思うんですよ。

 

ごちゃごちゃは嫌だから避けているんでしょうね。逆にそれを避けることで脆弱になっている気がするんですけどね。人間関係いろんなことがあって当然ですよ。みんなにこにこして平和なんてありえないですよ。戦争というのは、人間の歴史にとって必要なものだったのか知れません。今の戦争は受験とか別の方にいっちゃってますけど、そういう面というのは人間に必要なんですね。受験もなくなってきた。大学全入時代になろうとしている。ある程度のストレスがないと人間は育たなということですね。 

 

大学院生に何を求めるでしょうか。

 

 まず、基礎心理学をちゃんとやってきて欲しい。今の大学院というのは、大学の時に何を専攻していてもいい、となっているけど、それではうまくいかない。結局4年間心理学の基礎をしっかりと学んで欲しい、ということです。これが一つ。
 それから、対人関係に対する感性の高さ。仏教の言葉だけど“卒啄同時”という言葉があります。ヒヨコが中から殻をつついて、生きれ出ようとするに対して、母鳥がそれに応じて外から殻をたたくとヒヨコが生まれてくる。すぐに反応するってことですね。こういう関係が大事なんではないか、と。私の大好きな言葉です。こういうことだと、親子関係だけでなく、教師との関係もうまくいくでしょうしね。対人関係の基本的なところですよ。そういう感性を持っていて欲しい、と。そういうこと関係ないじゃなくて、はっきりいえ、と言われなくても言う。感じとりあう特性を自分の中に育てることが私は大事なんじゃないかと思います。

 

 

 

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